中小企業の採用と人件費を考える

もくじ

経営者が採用時に考えておくべき人件費の考え方

講師

好景気で、人件費が拡大してくると忙しくなります。
当然、人手不足となり、新しく人を採用しなければなりません。
この講義では、人の採用に関する会社の数字を学んでいきます。

受講生

ハローワークだけでなく、
ネットを使った人材サービスがよいと聞いています。

受講生

新しい人が入ってくると考えると、
とてもドキドキします!

講師

人の採用は、難しいです!
残念ながら、すぐ辞める人も多いです。
時間と手間、そしてお金がかかる人件費に
ついて、講義していきます。

好景気になり、事業が拡大すると、新しく社員を採用することになります。
会社が大きければ、人事担当者に任せることができます。
しかし、多くの中小企業では、限られた社員で、多くの業務を行うのが実情です。
採用にあたっても、社長や総務、経理担当者が、採用を担当しているのが実情です。
人件費をどのように捉えるか、を考えていきましょう。

中小企業にとって、採用活動を含めた「人件費」の悩みは尽きないでしょう。
人件費というと、毎月のお給料や賞与を思い浮かべる人は多いでしょう。
もちろん、これらは、人件費です。

しかし、人件費は、社員に支払うお給料ばかりではありません。

会社が負担する社会保険料や雇用保険料などの「法定福利費」
さらに忘年会費用などの「厚生費」などを加えた総額になります。
すなわち、社員が、より快適な環境で働くためのさまざまな支出の総額が「人件費」というわけです。

人件費=給与・賞与・法定福利費・厚生費など。

会社の人件費の実態をつかむ

それでは、この人件費が、会社ではどのように支払われているのか。
つまり、会社の人件費の実態をつかむ方法を見ていきましょう。
もっとも簡単な方法は、会社の営業所や部門ごとに人件費を配分してみることです。
具体的な事例で考えていきましょう。

【事例1】
A社には、大きく3つの事業があります。
各事業の売上高と人件費は、【表1】のとおりです。

【表1】                             【単位:円】                                

項目/金額・地区総額  Web事業コンサル事業物販事業
売上高1,500,000300,000900,000300,000
人件費100,00010,00070,00020,000

難しい会計知識は不要です。
各事業の売上高と人件費を表に整理するだけです。
この作業だけで、どの事業にどれだけの人件費が支払われているのかが、明確になります。
さらに売上高と人件費を比較してみると、徐々に会社の人件費が適正か、否か、がうっすらと見えてきます。
本来、人件費は、売上高に比例して配分されるものです。
売上が大きいのに、人件費が小さいのでは、社員がやる気を失います。
また、売上が小さいのに人件費が大きければ、人件費の配分が非効率である、といえます。
【表1」をもう少し、くわしく分析してみましょう。
分析といっても、パーセントに置き換えるだけです。

これを【表2】とします。

【表2】                               【単位:%】

項目/金額・地区総額  Web事業コンサル事業物販事業
売上高100206020
人件費100107020

【表2】で、売上高と人件費を対比しながらみていきましょう。
そうすると、Web事業は、売上高が、全体の20%を占めるのに人件費の配分は、10%に過ぎないことがわかります。これとは、反対にコンサル事業は、売上高が全体の60%なのに人件費は、全体の70%を占めています。
このように難しい会計知識など使わなくても、人件費の問題点が浮き彫りになります。
単純に人件費と売上高とを比較するだけで、意外な人件費の問題点が発見できます。

労働分配率とは何か

会社は、社員がいなければ成り立ちません。
会社で働く社員がいるからこそ、会社が事業を成立させることができます。
経営者は、一生懸命働いてくれる社員に多くの給与や賞与を支払いたい、と考えます。
しかし、事業である以上、稼いだ利益のうち、将来への投資もしなければなりません。
新規事業への設備投資や社内のパソコンやコピー機の買い替えなども大切だからです。

稼いだ利益のうち、いかに給与や賞与という形で、社員に還元するか。
これが、経営者につきまとう人件費に対する苦悩といえます。


人件費を決定する方法の一つに「労働分配率」があります。

労働分配率とは、「付加価値」に占める「人件費」の割合のことです。
これによって、会社に占める適正な人件費を知ることができます。


 この労働分配率を知るためには、「付加価値額」と「人件費」の2つを知る必要があります。
人件費については、説明済みですので、付加価値について説明していきます。

付加価値とは、何か

「付加価値」とは、会社が「付(つ)け加えた価値」を意味します。

【例】  商品800円を仕入れ、1,000円で売った。

この例は、仕入業者から800円で買った商品を会社が新たに200円の価値を付け加えて、1,000円でお客さんに売った、と考えることができます。
つまり、仕入商品800円+新たな価値200円=売価1,000円と考えるのです。

この会社が生み出した新たな価値が「付加価値」です。

付加価値とは、会社が新たに生み出した「付け加えた価値」というわけです。
「付加価値額」は、「売上総利益」と同じと考えて下さい。
非常に大雑把な説明になりますが、売上高から仕入高を差し引いた残高が、「付加価値」と考えてよいでしょう。


付加価値=粗利益(売上総利益)

労働分配率を計算する

すでに説明したとおり、労働分配率とは、「付加価値」に占める「人件費」の割合です。
これによって、会社に占める適正な人件費を検討することができます。
つまり、売上高と人件費を単純に比較するのではなく、「付加価値」という新たな会社の数字をつかって、
合理的に人件費を考えようというわけです。

労働分配率の計算式は、つぎのとおりです。

労働分配率(%)= (人件費÷付加価値額)×100

B社のデータを使って、労働分配率を計算してみましょう。【単位:千円】

付加価値 10,000     給与  6,000
法定福利費 600     厚生費  200   

人件費の総額は、給与・法定福利費・厚生費をすべて加えた総額ですから、次のようになります。
人件費総額 6,800=6,000+600+200

したがって、人件費総額は、6,800千円になります。
B社の労働分配率は、次のようになります。

労働分配率 68(%)=(6,800÷10,000)×100

労働分配率が、理解できたところで、【表2】に新たに仕入高と付加価値を加えます。
そして、労働分配率を計算してみましょう。
それが、【表3】です。

項目/金額・地区総額  Web事業コンサル事業物販事業
売上高1,500,000300,000900,000300,000
仕入高1,350,000260,000820,000270,000
付加価値150,00040,00080,00030,000
人件費100,00010,00070,00020,000
労働分配率(%)66,62587.566.7

まず、A社全体の労働分配率が、66.6%です。
この数字を基準に各事業の労働分配率をみていきましょう。
Web事業は、25%と会社全体の基準を大きく下回っています。
一方で、コンサル事業は、87.5%と基準を大きく上回っています。
物販事業は、会社全体の基準と同じ数字です。

Web事業の会社全体に占める売上高は、【表2】でわかるとおり20%です。
しかし、人件費は、会社全体に占める10%に過ぎません。
さらに労働分配率も大幅に会社の基準を下回っています。
このように人件費データを総合的に判断するとWeb事業の人件費は、少ない、
といえそうです。
人件費を増やすべきでしょう。つまり、Web事業部の社員の給与や賞与を増額すべきです。
同じ要領で、コンサル事業をみていきましょう。
コンサル事業の全体に占める売上高は、【表2】から60%です。
人件費は、会社全体に占める70%です。
労働分配率は、会社の基準を大幅に上回る87.5%です。
コンサル事業部の人件費は、会社全体のバランスを考えたとき、やや多いようです。
コンサル事業部の社員の給与や賞与を見直すべきでしょう。

労働分配率と社員のモラール

労働分配率の全業界の平均は、ほぼ70%〜75%程度です。
わが国の労働分配率おおよそ、70%程度と考えればよいでしょう。
ところで、労働分配率を考えるとき、社員のモラール(勤労意欲)と経営方針との関係を考える必要があります。
給与が高ければ社員の、モラールは高まり、反対に給与が低くなれば、モラールが低くなる、のは一つの傾向といって間違いありません。
しかし、経営方針として、不景気にあっても、定期昇給や賞与を通常とおり、支払って、社員のモラールを維持する会社も少なくありません。
社員あっての会社というわけです。
人件費は、「将来への投資」というわけです。
労働分配率と経営方針との関係は、数値だけでは見えてこない非常に難しい問題でもあります。

中小企業庁が公表している業界データはつぎのとおりです。

項目/業界全産業建設業製造業卸売業小売業
労働分配率(%)71.880.872.969.170.1

売上高と人件費

人件費を補うためには、どのくらいの売上高が必要なのか?
このことは、ぜひ、知っておきたい会社の数字でしょう。
一般的な方法を紹介します。

人件費を補うために必要な売上高を求める計算式は、次のとおりです。

人件費を補うために必要な売上高=人件費総額÷(限界利益率×労働分配率)

売上がなければ、利益は生まれず、したがって、給与も払えなくなります。
当たり前のことですが、この事実を確かめておく必要があります。
事業予算を組むにあたり、人件費と売上高との関係を知っておくと有意義です。

具体的に計算してみましょう。
人件費を8,000,000円とします。
限界利益率 20%、労働分配率70%と設定します。
8,000,000円÷(20%×70%)=57,000,000円

つまり、人件費を補うための売上高は、57,000,000円です。